授業・研修報告 地域・在宅看護論概論⑧

こんにちは。シオン訪問看護ステーションです。

今回の講義「地域・在宅看護論概論」第8回では、『暮らしと看護』をテーマにお話しさせていただきました。

療養者の「関係性」を可視化する
これまでの講義では「家族の多様化」について学んできました。
在宅看護では、療養者さんお一人の「お体」を見るだけではなく、その方を取り巻く「関係性」を可視化することがとても重要です。
関係性が見えてくることで、ご家族がどんな役割を担い、どんな葛藤や負担を抱えているのかという、普段の生活では「目に見えない問題点」に気づくことができるのです。

看護における「環境」とは何か?
看護における「環境」と聞くと、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか?
実は、目に見える「家(建物)」や「気候」といった物理的なものだけではありません。
私たちの体内にある「臓器」や「細胞」といった生物的な環境もあります。さらに大切なのが、「ストレス」「孤立」「労働環境」といった『社会的決定要因(不健康や病気を引き起こす背景)』です。これらすべてが、その人の健康に深く関わっています。

マズローの欲求「生理的欲求」と在宅看護
人が地域で生きていくためのベースになるのが、心理学者マズローが提唱した「生理的欲求」です。
訪問看護における食事・睡眠・排泄は、単なる「チェックのための観察項目」ではありません。人間が持つ様々な欲求の中で、最も土台となっている「生理的欲求」がどのように満たされ、何に困っているのかを、その人自身や住む環境など、多様な要素を含めて評価する必要があります。
「病院ではない自分の家でリラックスし、自分らしく暮らせること」
この当たり前の日常こそが、生きる欲求の土台を支える看護の本質なのです。

ここで、講義でもお話しした「ある男性」の事例をご紹介します。
若い頃から一人暮らしが長く、近所に外食チェーン店が多かったその男性は、ほぼ毎日外食で好きなものを食べていました。そうした食生活が長く続いた結果、心筋梗塞を発症してしまったのです。

では、退院したこの方の生活環境を整えるには、どうすればいいでしょうか。
治療に合わせて減塩食などの食事療法を指導することはもちろん大切です。しかし、退院後にまた元の生活へ戻ってしまえば、同じことを繰り返してしまう可能性が非常に高くなります。

そこで、以下のような「環境設定(環境整備)」を考えていきます。
* 栄養計算されたお弁当の「配食サービス」を利用する
* 「訪問介護」で食事の用意をサポートしてもらう
* 「デイサービス」に通って食事をとる

また、心臓の負担を軽減させるために、体内の内部環境を整える「便通コントロール」を行うことも、立派な環境整備の一つです。

「安全の欲求」と住宅改修、そして地域資源
生理的欲求の次にあるのが「安全の欲求」です。
家の中で安全に暮らすため、手すりの設置や段差解消などの「住宅改修」は欠かせません。
介護保険を利用すれば工事費用の補助を受けることができるため、費用面での支援も視野に入れたアプローチが必要です。
また、「環境を整える」対象は高齢者の方だけではありません。
家族の形が多様化する現代において、子育て世帯へのアプローチも地域看護の大きな役割です。講義では、堺市が実施している「産後ケア事業」などの地域資源についても触れ、多角的な支援の視点を学びました。

事例ワーク:小林さんのおうち
講義の後半では、学生たちと一緒に一つの事例について考える個人ワークを行いました。

【事例】小林さん(78歳・一人暮らし)
長年糖尿病を患っており、周囲からは「ゴミ屋敷だ」と苦情が出ている。
2020年に最愛の奥様を亡くされ、息子さんたちとは離れて暮らしている。
ケアマネジャーやヘルパー、主治医、そして私たち訪問看護が関わり始めたばかりの段階。

学生たちに「この環境をどうするのがベストか?」と問いかけたところ、最初は医療従事者の視点から、以下のような意見が多く出されました。
* 「まずはヘルパーさんと一緒にゴミを片付けるべき」
* 「病気が悪化しないように、治療のための清潔な環境を作る」

しかし、小林さんの「背景」に深く耳を傾けると、胸が締め付けられるような事実が浮かび上がってきたのです。

小林さんは奥様を亡くした深い喪失感(無気力)の中にあり、さらに糖尿病の神経障害で体が思うように動かなくなっていました。そして、周囲から「ゴミ」と呼ばれていたものは、実は「亡くなった奥様が好きで、大切に集めていた思い出の品々」だったのです。

この事実を知った瞬間、学生たちの表情がガラリと変わりました。
自分たちや周囲の基準だけで「ゴミだから」と片付けてしまうことが、いかに小林さんの心を傷つける行為であるかに、学生たちが自ら気づいた瞬間でした。

暮らしやすさを取り戻す支援へ
私たちが何気なく営んでいる「暮らし」には、改めて整理すると3つの要素があります。

1. 生理的欲求の積み重ね「食べる、寝る、排泄する」という、人が生きていく上で不可欠な活動
2. 人とのつながり集まり、繋がり、家族が増え、共に年を重ねる中で互いの健康(養生)に気を配り、災害に備え、無事に生きられるよう祈ること
3. 個別性の高い欲求安全の欲求や、その人らしい自己実現の欲求

学生の皆さんは、小林さんの事例を通して、「病気」を見るのではなく「その人の人生の想い」を看ることの本質をしっかりと学んでくれました。

私たちシオン訪問看護ステーションも、これからも療養者さんお一人おひとりの「想い」に寄り添い、その人らしい暮らしやすさを取り戻すお手伝いをしていきたいと思います。